※このケースは、弁護士を通じて遠方のお客様からご依頼を頂戴したものです。お話を分かりやすくするために、ご相談をお客様の視点から構成してみました。
ご相談者様の状況
「それは突然のことでした。自宅にかかってきた電話を取ったところ、いきなり『弟さんが亡くなりました。』と聞かされたのです。突然のことで気が動転してしまい、そのとき電話をくれた方から何を言われたかも、実はよく覚えていません。」
「弟はだいぶ前に離婚しており子供もおらず、一人きりで日々を過ごしていると聞いておりました。仕事はすでに定年を迎えていて再就職もままならず、年金がたよりのつましい生活をしていたようです。ここ何年かはほとんどご無沙汰だったので、詳しいことはよく分かりませんでした。」
「すぐにでも駆けつけるべきなのでしょうが、弟の住まいというのが茨城県の古河という所で、私の住む山口県からだとそう簡単に出かけていける距離ではありません。加えて私自身も年齢のせいか遠出がなかなか難しくなってきており、茨城までの往復を考えると体力が持つかどうかという心配がありました。」
「そうこうしているうちにも少しずつ情報が入ってきており、弟が発見された時の様子が分かってきました。弟が亡くなったのを発見したのは警察の方だったそうです。死後3か月を経過していたという話でしたので、おそらく近所の人が通報してくれたのでしょう。どうやら玄関の上がり框のあたりで亡くなっていたそうで、相当に腐敗も進んでいたようです。」
「遠方のことでしたし、葬儀は行政を頼ってお願いすることにしました。私には弟の交友関係を知る由もなく、また、誰かが何かを言ってくるといったようなこともありませんでしたので、直葬のかたちをとりました。しかし考えてみれば、弟は1950年(昭和25年)の生まれですから、まだ70歳を過ぎて何年も経っていません。今どきは高齢者と言っても元気な方も多く、私自身もまだまだこれからと思っていたくらいですので、弟の死は胸に迫るものがありました。」
相続はどうしたらいいのだろう…
「ともあれ葬儀も無事に執り行い、一段落ついたところでそういえば、と気になったことがありました。それは、相続のことでした。」
「私自身はそうした法律関係のことには疎いのですが、聞きかじりの知識を呼び覚まして考えてみると、思い当たることがあったのです。まず、弟には子供がいません。奥様とも途中で離婚しており、再婚はしていなかったはずです。また、私たち兄弟の親はとっくに死んでしまっていて、残っているのは弟を別にすれば、私ともう一人の妹だけです。ということは、弟の遺産は、私と妹が相続することになるじゃないか。そうすると、もし弟が借金でも残していたらえらいことだ、こういう考えに至りました。」
「そこで私は地元山口県の弁護士をたよることにしました。私ももう少し若ければ、自分で古河まで出向いて色々と調べることができたのでしょうが、さすがに年齢には勝てません。ここは専門家に入ってもらい、自分に累が及ばないようにしたいと考えました。しばらく弁護士が調査したところ、幸いなことに弟が残した借金というのは住宅ローンくらいだということが分かりました。弟は団体信用生命保険に加入していたので、住宅ローンそのものは保険金で完済できました。あとは多少債務があるにしても、現実には問題にはならない程度のものでしたので、どうやら弟が遺した借金に苦しむといったようなことにはならないということでした。」
困った家の処理
「ここまでは良かったのですが、次に浮上してきたのが「弟が住んでいた家をどうするか。」という問題です。私も妹も古河には縁がなく、行ったこともないので、正直なところ「遠いところ」というイメージしかありません。まして弟とはいえ、人が一人室内で亡くなっているのですから、本音を言えば「見たくない。関わりたくない。」という気持ちがありました。」
「しかし、このまま放置しておくわけにもいきません。まず毎年のことですが、固定資産税を納付しなければいけないわけです。税金がいくらかかるのかは分かりませんが、たとえ数万円だとしても、私にとっては安くない金額です。」
「それから、テレビや雑誌などでよくやっていますが、相続登記が義務になるということで、放置しておくとお金を請求されるというのも心配の種でした。そんな遠いところの不動産を私と妹名義にしてどうなるというのか、何もいいことはないように思えます。」
「それに名義を変えたところで、住む人がいないことには変わりありません。よく言いますが、「家は人が住まなくなると傷みが早くなる。」ということですから、早晩弟の家は朽ちていくに決まっています。しかし、そのことが原因で人様に迷惑をかけたらこれは私と妹の責任だということになってしまいます。具体的にどんなことがあるかと言われれば説明はしづらいのですが、何か良からぬことが起きるのではないか、そう思ったら居ても立っても居られない心境になりました。」
「そんなことを妹と話し合った結果、弟の家は売ってしまうのが良いだろうという結論になりました。私も妹も、お金が欲しいわけではありません。この年になって現金をつかんだところで、使い道なんて限られてしまいます。むしろこの家を持ち続けていたことがきっかけになって、私の子供たちや妹の子供たちに余計な負担がかかっては困る。だから弟には申し訳ないけれど、これは処分してしまおう、そういう話になったのです。」
「さっそく弁護士の先生にも相談をしたところ、売却じたいには賛成してもらえました。先生も私の気持ちを汲んでくれて、『そういうことなら処分したほうがいいだろう。』と言ってくれたのです。ただ、その場で言われたのが『弟さんが家の中で亡くなっていたとすれば、いい条件での売却は、なかなか難しいかもしれないね。』ということでした。
弟は殺されたりしたわけではなく、いわば病死ですからいわゆる事故物件にはあたらないと言えなくもなさそうですが、それでも孤独死をして発見されずに3か月ほど放置されていたことから、買い手に告知する義務が生じるのだそうです。確かにそんな物件を買いたいという人はそう多くはないだろうし、多少条件が悪くてもやむなしかなと思いました。」
「いざ売却しようと決めたわけですが、はじめてみると、これが意外にたいへんな作業であることに気がつかされました。まず私も妹も物件のそばにいないわけで、未だに家の中の片付けもしていない状態でした。その上で人一人が室内で亡くなっているわけですから部屋うちがどうなっているか、想像に難くないわけです。」
どこの不動産屋さんもお願いできない…
「最初のうちは大手の仲介業者さんにお願いすれば、いやいやでも何とかしてくれるだろうと思ったのですが、声をかけた業者さんは次々と辞退していきました。その過程で分かってきたのですが、どうも物件があるあたりはそれほど人気があるわけではなく、たとえ弟の件が無くともそれほどいい値段では売れないどころか、そもそもそれほど取引がある場所ではないという事だったのです。またある業者さんの話によれば、『周辺で一戸建てという場合は敷地が50坪を超えているのが当たり前の地域です。ところが今回の物件は敷地が35坪程度ですから、周辺の人からは、土地が狭いと言われるのは間違いないと思います。こうなると成約に至るまでは、かなり苦労すると思いますよ。』ということでした。そうなると素人の私でも、『これは難航しそうだ。』というのが分かりましたので、何というか暗澹たる気持ちになるのを抑えることができませんでした。」
「弁護士の先生から電話をもらったのは、相談してからひと月ほど経った頃でした。用件は、『弟さんの葬儀を仕切った業者さんと電話で葬儀代の精算をしているうちに、弟さんの家を処分したいが難しいようだという話を出してみたら、心あたりがあるというのですよ。まあどれほどのものかは分かりませんが、この際相談してみてはいかがですか。』ということでした。その頃には私も半ば匙を投げたような状態でしたので、だめだとは思いましたが弁護士から教えられた電話番号にかけてみました。これが、えん道エステートさんとのお付き合いのきっかけでした。」
えん道エステート担当者の対応
ご相談でも触れていますが、この案件は、葬儀会社さんからご相談いただいたものでした。
一人暮らしの方が室内で亡くなった場合、事故物件とまでは言いませんが、いわゆる「心理的瑕疵」と呼ばれるものに該当することがほとんどです。これは、土地や建物それ自体に不具合があるわけではないのですが、買い手或いは借り手に「その物件を忌避しようという気持ちを引き起こすような事象」のことをいいます。本件ではお亡くなりになった方の発見が遅れ3ヶ月ほど放置されたということですが、時期にもよりますが、発見されるまでの間に腐敗が相応に進んでしまうことは充分に考えられます。
また、不動産を売却する場合には、周辺地域でどのような不動産に需要があるかを見極めることが大切です。例えば最寄駅から徒歩5分という条件であっても、駅の周辺が商店街なのか、オフィス街なのか、住宅街なのか、或いは駅が位置している地域が都心から1時間圏内なのか、2時間以上かかるのか、そうしたことで不動産に対する需要は、全く違ったものになるわけです。
本件では当社が現地を確認したところ、周辺地域は他の業者さんも言っていたように、取引自体がそれほど多くは見られない地域でした。また、敷地そのものも周りと比べて狭く感じられ、売却は難航しそうだと感じさせる物件でした。
さて、物件をお預かりする以上室内を確認しないわけにはいきません。玄関の上がり框に倒れて亡くなっていたと伺っていたのですが、ご遺体こそ片付けられていたものの、その痕跡はいまだ残っておりました。思わずその場で手を合わせ、少し間を置いてから室内を見て回りました。
その結果「築古と言わざるを得ないような年数は経過しているが、水回りはまだまだきれいで使える。弟さんが亡くなった上がり框のところも、清掃してリフォームを施せば問題なさそう。しかし、誰かが買って住むというのは現実には厳しい。物件を誰かに貸せるような人が買うのであれば可能性あり。」と判断しました。
ここから買い手をみつけるまでは2ヶ月ほどかかりました。やはり需要が大きいとは言えない物件だけに、なかなか引き合いはありません。しかし、知り合いの宅建業者を丹念に回ったところ、「この値段で買えるのであれば、多少問題があっても借り手を見つけることができると思います。それに、えん道エステートさんは付き合いが長いので、信用できますから。」と言ってくださる業者さんが手を挙げてくれました。この業者さんは物件の近くで、長年にわたり不動産を扱っていた業者さんで、当社にとっても旧知の仲と言える存在でした。ありがたいお話でした。
正直に申し上げて、売買条件は、売主さんに「全てをご満足いただける水準」とは言いにくいものでした。それでも売買代金として、いくばくかの現金もお受け取りいただくことができました。結果として、お客様には大変喜んでいただけたようです。取引が終わってから、お客様との間に入っていただいた弁護士の先生からお褒めの言葉をいただきました。
当社にとりましても貴重な経験をさせていただいた案件でした。